アメリカ外交のこれからを考える。


 ヘンリー・キッシンジャーの『外交』にアメリカ外交の特徴が次のように書かれている。

 「アメリカの特異性はその歴史を通じて生まれたものであり、それは外交政策に二つの相反する姿勢をもたらすことになった。第1は自国の民主主義を完璧なものにすることによって、世界全体の理念の発信源となることが、アメリカの信じる価値観に最も良く合致するという考え方である。第2にアメリカの価値観は、世界の人々の為に自らが十字軍戦士として働くことを義務づけているという考え方である。汚れの無い過去へのノスタルジアと全く理想的な未来に対する強いあこがれの間に身を裂かれたアメリカの思想は孤立主義とコミットメントの間を揺れ動いてきた」

 そこで冷戦という反共「十字軍」が終わった時にアメリカは孤立主義的に振る舞うと考えた識者がいた。故片岡鉄哉先生は『退場するアメリカ』という本を書いたし、シカゴ大学のジョン・ミアシュハイマー教授は『大国政治の悲劇』で冷戦後アメリカは欧州から撤退し、欧州は第2次大戦前のようなややこしい状態になるだろうと予測していた。

 2009年の世界から考えて、彼らの予想は外れたといわざるをえない。では彼らの考え方は根本的に間違っていたのだろうか。私はそうは思っていない。その理由をここで述べてみたい。

 1992年3月8日のニューヨーク・タイムズが「米国戦略計画はいかなるライバルも出現しないことを求める」という記事を書いた。その記事の内容は

 唯一の超大国としての米国の地位を、十分な軍事力で永久化させる。

 危機において米国が単独で行動できるようにする。

 イラク、北朝鮮の核兵器保有を阻止する為に軍事使用の計画を考える。

 日独の軍事力増強、特に核兵器の保有を阻止する
 
 このようなことが書かれていた。(『日米同盟の正体』より)これは、言い換えれば、冷戦が終了したことを利用してアメリカが世界の覇権を軍事的に握ってしまおうと機会主義的に主張したのであった。これを書いたのが、後でブッシュ(息子)大統領の国防副長官のポール・ウォルフィッツであった。この文書はブッシュ(父)大統領の時にはあまりにも過激だとお蔵入りになったいたのだが、死に絶えてはいなかったのである。

 次に9.11事件が起こる。アメリカがアフガニスタンに攻撃を行ったのは、タリバンがビン・ラディンをかくまっていることが明白だったので、理解が出来たのだが、なぜかアメリカではビン・ラディンとサダム・フセインのつながりが指摘され、核兵器の開発と伴ってイラクとの戦争がいつのまにか始まってしまった。正直ここらあたりから私はアメリカの考え方がわからなくなってきたのである。

 結局、9.11を利用して軍事力で世界の覇権を握り、アメリカ主導で安定した世界を構築しようとウォルフィッツは考えたものと思われる。しかしイラク戦争は泥沼に陥ってしまった。ブッシュからオバマ大統領に変わりイラクを捨ててアフガニスタンに集中すると主張しているが、これもなかなかうまくいっていないのが現在の状態である。

 オバマ大統領の言動を見ていてアメリカが世界の覇権を握ることは間違っていないと考えている節がある。ただしブッシュ(息子)のやり方が悪かっただけと考えているのではないか。しかし、私はアメリカが単独で世界の覇権を維持するというモデルが根本的に間違っていると思う。

 日本は第2次世界大戦でアジアに覇権をとなえ安定させようとしたが、中国の奥地までは補給がもたなかった(インパールでの経験はインドまでの補給も確保できなかった)。ドイツはヨーロッパに2回も覇権を打ち立てようとしたが、2度とも失敗している。この事例から推測できるのは、アメリカ単独では世界に覇権を打ち立てることは出来ないということである。(このようなことは理論というよりも神様がそういうようにしたとしか答えられない)

 結局アメリカが軍事力で世界の覇権を握ろうとしてもうまくいかないのではないかという仮説を主張しているのである。このままいけば、いずれアメリカは疲れ果てるだろう。そうなったときにアメリカは現在の覇権主義的な行動をとるのではなく、バランス・オブ・パワー外交に戻らざるを得ないのではないか。そのときにキッシンジャーが指摘したアメリカの孤立主義的な面が鍵になってくるのである。
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by masaya1967.7 | 2009-08-04 04:07
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