『核神話の返上』の著者達は日本の核武装について「我が国が保有すべき核戦力は中国を対象とし、目標は首都北京をふくめ、最小限中国東海岸の主要都市、例えば上海などに設定して、信頼性の高い核破壊力を保持することが我が国の核武装の目標となるだろう。中略 したがってもしロシアを対象として考えるにしても、東アジア地域における限定的な対応に限るべきだろう。また、北朝鮮への対応、特に弾道ミサイルの防衛や敵基地攻撃能力の確保は、我が国の安全にとって今最も必要性の高いものだが、中国に対する攻撃能力を保有すれば十分に補うことが出来ると考えられる」と書いています。 このような核武装を日本の同盟国であるアメリカは許してくれるのでしょうか。 「アメリカは、基本的に日本の核武装には反対である。それは今同盟関係にあっても、かっては太平洋戦争を戦った相手国であるとの認識が根底にあり、日本が戦略的な戦力、特に核戦力を保有することを望んでいないからである」 こう書いているので、『核神話の返上』の著者達もアメリカが日本の核武装をそう簡単に許すはずはないと思っているようです。しかし、やはり日本が核武装をする上での一番のネックは日本の国民世論でしょう。 古くは清水幾太郎から兵頭二十八、中川八洋および伊藤貫氏なども日本の核武装を唱えてきましたが、結局世論を動かすだけの影響力は持ちませんでした。日本の核武装論者に徹底的に欠けていた点は自分たちの意見が本当に国民世論に影響力を持つことが出来るのか、またどのように世論に働きかければ良いのかを真剣に考えてこなかったことにあります。 E.H.カーは「政治学の事実は、変革しようとすれば変革できる事実である。研究者が当初、心の中に抱いていた政治変革の願いが、その研究の進展とともに、多数の人々に等しくもたれるものになるなら、願望は実現されることになる。そうなると自然科学の場合と違って、目的は研究行為と無関係でなく、研究と分離できないのであり、それ自体が事実の一つとなっているのである」と『危機の20年』に書いています。 ではどういった事態が日本国民の非核の意識を変化させる契機となるのでしょうか。『核神話の返上』では様々な国が核兵器を持つこととなった理由を簡単に書いていますが、日本にとって最も参考になるのは、同じようにアメリカの同盟国であるイギリスの場合でしょう。 この本ではイギリスが核兵器を持つことになった理由を「核を保有していなければ核の恫喝を受け、究極の場面では核攻撃を受ける危険があり、結局のところ、核抑止のためには自ら核を保有する以外には手段がないとの考えを持ったことである」と記しています。 イギリスがこのような考えに至ったのは1956年のスエズ危機なしには考えられません。スエズ運河は英国の戦略的要衝でフランスと共に莫大な通行料収入を得ていました。ところが第2次大戦後エジプトのナセル政権が運河を国有化すると宣言しました。怒った英仏はイスラエルと組んでシナイ半島に兵を派遣しました。(この辺りの経緯はキッシンジャーの『外交』に詳しく書いてありますが、筆者はこれを読んだ時に満州事変とそっくりだと思ったことがあります。勝手に動いた日本陸軍とイスラエルが全く同じように見えるのでした。) ソビエトはこのような英仏の行為に対して撤兵するよう「核による恫喝」を行いました。アメリカは本来なら英仏を助けなければなかったのですが、アイゼンハワー政権は逆に英仏の帝国主義的な行動に怒っていました。その結果英・仏・イスラエルははしごを外された形になって撤兵を余儀なくされたのでした。 このスエズ危機の結果イギリス・フランスはアメリカの核の傘では我慢できずに自国の核兵器開発に国の威信をかけるようになるのです。 翻って日本の場合は他国から核の恫喝を受けて国益を侵害されたような深刻な体験は持っていません。(アメリカから核攻撃を受けたことはありますが)しかし現状の東北アジアにおいていつ日本が他の国から核の恫喝を受けて、アメリカが何らかの理由で核の傘を提供しなければ日本もいつスエズ危機のような事態を迎えてもおかしくはありません。 結局、このような状態になってはじめて日本国民は核武装を真剣に考えると思うのです。他の外国が日本に核を持たせたくないなら、1、核による恫喝を日本に行って政治的目的を得ようとは考えるな。2、日本が核の恫喝を受けたとき、アメリカがちゃんと同盟の義務を果たせ。 この条件が守られるなら日本は当面単独核武装を考える必要はないと私は思います。
by masaya1967.7
| 2009-03-23 07:53
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