日本人エコノミストの能力について

 エコノミストの池田信夫という人のブログを感心して読んでいた。半分ぐらいは理解できたと思う。この人は西部邁氏の教え子だったらしいが、原書が読めないとか勉強が嫌いだとか師のことを罵倒していた。

 ところで、私がここで問題にしたいのは西部邁氏の「語学力」ではなく池田氏を含む日本人エコノミストの「数学力」である。ノーベル賞でも日本人はまだ経済部門でとっていないし、これからとれる可能性がいったいどのくらいあるのだろうか。

 ずいぶん前になるが今は廃刊になった『This is 読売』でポール・クルーグマンの評論を読んでいたく感心し、彼のサイトにあった本格的な論文を読んでみようと思った。しかしながらその論文は数式だらけでほとんど理解できなかった。彼だけでなく、グリーンスパン前連邦銀行総裁やバーナンキ現連銀総裁、サマーズ前財務長官などもみんな高等数学で経済モデルを作るプロであった。

 翻って、日銀の総裁である福井氏や竹中前大臣が高等数学を使って自分なりの経済モデルを作れるのかと聞かれれば、否定的に考えざるを得ない。日本のエコノミストに世界で通用する「数学力」が存在するのか疑問に思うのは現行の大学入試制度にある。経済学部は文系の一部であり、大学入試において「文系数学」は「理系数学」より簡単であった。現在においても、高校で一番数学ができる人間が経済学部に行こうなどとは考えないであろう。

 日本人の数学の能力は世界と比べて決して劣る物ではない。『フェルマーの最終定理』なんかを読んでも、それを解くのに貢献した日本人は数名存在するのである。フィールズ賞で何人かの日本人は受賞しているのである。そこで、いっそ経済学部を理系に組み込んでしまえばどうだろうか。クルーグマンも本当は歴史が好きだったが経済学が文系ではもっとも「科学」に近いと語っていた。

 もちろん「理系」に偏重して、前提を無視すれば「オウム」みたいになってしまう可能性もある。しかし数理を無視して経営すれば「ライブ・ドア」になってしまうのである。ようはバランスの問題といえよう。しかし現在の経済学の主流がいかにマルクスを読み込むかでなく、人を説得する経済モデルを作るかにあるとするならば、何らかの改革が必要なのは間違いない。
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by masaya1967.7 | 2007-01-26 17:09
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