『アメリカはどれほどひどい国か』という本の中で日下公人さんが「人種対立の行き着く先は『アメリカの分裂』でしょう」と語っていますが、具体的なことはあまり述べていません。私は日下さんの言論の大半には賛成なのですが、彼の主張のほとんどは直感的であって公の場で彼の説をおおっぴらに語ることは危険を伴います。 今回は「アメリカの分裂」というテーマで書いてみたいと思います。ここでは「大英帝国」と「アメリカ帝国」との「比較」という点から考えてみましょう。あなたが「大英帝国」の特徴は?と聞かれて何と答えるでしょうか。私は「自由貿易」と「帝国主義」という異質のものが組合わさったものと考えています。下村治博士の『日本は悪くない』には次のように書かれています。 「イギリスは当時世界を制覇していったが、その為の武器は自由貿易であった。自由貿易によって外国の産業をつぶし、巨額な輸出超過を累積し、それによって世界中の資本を支配し、世界中の港湾施設をおさえて世界帝国を建設したのである。」98頁 下村博士はこの例としてインドをあげています。博士によればイギリスは自由貿易によってインドの紡績産業をつぶし、インドを綿花栽培国に転落させてしまったのだと書いています。 この話には続きがあります。昭和初期の日本は繊維製品で異常なほどの競争力をつけるようになりましたが、それが結果的にイギリスがオタワ関税同盟で保護主義を用いるようにさせ、日本の商品を排斥するようになります。こうしてイギリスは「自由貿易帝国」主義のある種の普遍性を自分から捨ててしまうのでした。結局は第2次世界大戦の日本の一撃で大英帝国は崩壊に向かっていったのでした。(イギリス人が日本人を憎むのはこの歴史に原因があるのだと筆者は考えています。) では「アメリカ帝国」の原理は何なのでしょうか。私は「自由民主」主義(Liberal Democracy)と「人種主義」(Racism)の組み合わせにあると考えています。ピューリタンは宗教的自由を求めてアメリカに渡りましたが、行ったのはインディアンの皆殺しでした。 「アメリカの独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンは、サリー・ヘミングスという黒人奴隷を所有し、子を孕ませています。そのジェファーソンが『人類は等しく作られた』と平気で口にする偽善ぶりといったらない」と『アメリカはどれほどひどい国か』で共著者の高山正之氏が書いていますが、全く同感です。 さらにファリード・ザカリアが『富から力へ』の中で書いていることなのですが、20世紀初頭のアメリカで盛り上がった反帝国主義の主張には正反対のものが存在しました。他国を植民地化するということは他国の人々の自由を奪うものだという「自由民主主義」的見地からのものと、他国を併合してそこに住んでいる有色人種に選挙権を与えることは嫌であるという「人種主義」の観点から帝国主義に反対したのでした。 また、ウッドロー・ウィルソン大統領といえば勢力均衡外交に反対し、海洋の自由や貿易の自由を求めた「リベラル」外交の象徴ですが、彼は日本が当時提出した「人種差別撤廃法案」を国際連合でつぶしてしまった張本人でした。ウィルソン大統領のなかでもリベラルであることと人種主義であることは矛盾無くつながっていたのです。 今まで述べてきたことは全て第2次大戦以前のことであり、戦後のアメリカは黒人開放もありアメリカの「人種主義」は随分弱まってきたのではないかという識者がいます。私も今までそう思ってきましたが、どうも違っているようです。というのも、ブッシュ大統領(息子)が始めたイラク戦争はイラクに民主主義をもたらし、その民主主義が他の中東諸国に広がっていくという理想主義的なものでしたが、実際に目立ったのはアブ・グレイブやガンタナモ収容所などの人種主義的な行動でした。「アメリカ帝国」のイデオロギーである「自由民主主義」と「人種主義」は21世紀に入っても健在なのでした。 さて「大英帝国」の場合、「自由貿易」というベクトルは普遍性を持っていたため現在の世界もそれを受け継ぎましたが、「帝国主義」の部分は全く普遍性を持たなかったためイギリスはインドを筆頭に大部分の植民地を喪失することになりました。では「アメリカ帝国」の場合はどうでしょうか。私はアメリカが主張する「自由民主」主義は普遍性を持っているためそれは世界に広がっていくと思っています。中国もいずれ民主化するでしょう。 「人種主義」の部分はどうでしょうか。残念ながらこれには全く普遍性がありません。この問題はアメリカ自身に跳ね返ってくるでしょう。故サミュエル・ハンチントン教授の『文明の衝突』を読んでいて驚いた部分がありました。それはアメリカに住んでいる有色人種の割合を色の濃淡で表したものでしたが(有色人種の割合が多ければ黒くなる)、アメリカにおいては北半分は真っ白で、南半分は真っ黒だったのです。この図表を見た時に私は南北の分裂を直感しました。 さらにアメリカでは2050年以降になると白人がマイノリティーに転落するといわれています。「人種主義」イデオロギーがある国でこのような状態に耐えられるとは思いません。アメリカはオバマ大統領を選出したではないかという人もいるでしょうが、オバマを支持したのは北に住む人たちで、南に住む人は反対していました。 強大な「アメリカ帝国」を現代の「ローマ帝国」に例える識者がいますが、ローマ帝国は東西に分裂しました。アメリカは南北に分裂するでしょう。
by masaya1967.7
| 2009-06-19 15:53
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